ゴールドのヘルメットのサンバイザーを降ろし、精神集中をはかる室屋。
――アブダビでの本選前トレーニングキャンプ。
2日間の公式トレーニングセッションは各日2本の計4本。1本でトラックを2周できるので、2日間で8周できることになる。経験不足を否定しようもない室屋は、これをトータルで生かそうと考えた。
1本目はまず、ゲートを規定の高さで通過するのではなく、上をなぞるようにして飛ぶ。そして2回目以降、少しずつ高度を落としていく。
「自分にとって不快じゃない感覚が得られるまで、確認しながら一段ずつ下りていくことにしました」
こんな状態のルーキーパイロットが上位に食い込めるほど、レッドブル・エアレースは甘いものではない。予選の室屋は15人中最下位。予選の下位5人が争うワールドカードでも5人中3位に終わり、トップ12に勝ち上がることはできなかった。
――最終順位は13位。これが室屋の記念すべきデビュー戦の結果である。
室屋のアブダビ戦初フライトムービー
レッドブル・エアレースでの初フライト! 本来は2本飛べるはずが、2本目はパイロンの故障により無念の中止。結果、これが室屋のアブダビ戦唯一のフライトとなってしまった(クリックで動画を再生)。
失意のデビュー。傍目には、そんなふうにも見える。ところが、レース後の室屋の感想は、実に意外なものだった。
「怖い思いをすることもなく、非常に安定した状態でトラックを全部回れたんで、予想より良かったです。最初はちょっとドギマギしてしまうかなとも思っていたけど、トレーニングの成果を出せて、案外落ち着いてましたね。そのへんがいい感覚として残っているし、楽しかったです」
室屋がこれほど前向きになれるのには、理由がある。
日本人、いやアジア人として初のエアレース参戦。周囲は当然、室屋に結果を期待する。だが、当の本人には周到な計画があった。
4本の公式トレーニングセッションで段階的に高度を下げていったことは、先に記した。しかし、実のところ、事前にカリキュラムが組まれていたのは、この4本に限ったことではなかったのである。
レッドブル・エアレースでは全戦、公式トレーニングセッションで4本、予選で2本、ワイルドカードで1本。最低でもこの7本は確実に飛ぶことができる。そこで室屋はコーチのジョーンズとともに、第3戦終了時までのカリキュラムをすべて作成した。つまりレース本番も含めて、そのすべてをトレーニングに使ってしまおうというわけだ。
例えば、アブダビでの公式トレーニングセッションのように段階的に高度を下げなくとも、無理をすれば、一気に下ろせないことはない。だが、「段階を踏みながら、自分の感覚として100%OKだったら、次に進む。無理をするよりも、エアレースで飛ぶのに必要な最低限の基礎技術を確実に身につけることが先々大事」だと考えたからだ。
ランタイムを見れば、飛行機の性能が悪くないことは分かる。つまりパイロット次第で、ある程度は戦えると思えば、先々へ楽しみは増す。だが、それはあくまで次のステップでの話だと、室屋は割り切っている。
室屋は過去のレース成績なども分析してみた。すると、経験値が高いはずのベテランでも、なかなか成績が伸びない人がいる。それは基礎技術の差によるものではないのか。何が何だか分からないまま感覚で飛ぶのではなく、今は徹底してエアレースに必要なベースを身につけるべき。それが室屋の出した結論だった。
何より、練習をする機会が絶対的に少ない。というよりも、「無い」のだ。
「それならば、公式レースであっても、それを練習と考えたほうが絶対的に正解だろう、と。周りの人たちは成績が気になると思うんですけど、パイロットとコーチにとって、それはどうでもいいことなんです」
選ばれて参戦している以上、声高に「順位は関係ない」とも言いにくいが、それが室屋の偽らざる本心である。
しかも、実際のレースから得られる収穫はあまりに大きい。パイロンがあるかないかだけでなく、高度管理の厳しさが全然違う。
「やっぱり、本当のトラックを飛ばない限りはたいした練習にはならない」
それが、室屋の率直な感想である。 うか、目指す世界一への第一歩、デビュー戦のスタートラインに立っても、必要以上に緊張が高まることもなかった。テレビカメラや大観衆。環境は変わっても、カリキュラムだけを追っている室屋にしてみれば、成績を気にしない分、気は楽だった。
2009年第1戦アブダビでの勝者は、昨シーズンの年間チャンピオンに輝いたハンネス・アルヒ(中央)。
「だから、今まで何十回も飛んできてる人たちとはね…・…、やっぱり差がありますよ。しかも、本当のトップ2、3人は基本的な技術の面で、他のパイロットとはちょっと違うんです」
トップ・オブ・トップの牙城を崩す。その一点に向かって、カリキュラムは組まれている。
だからだろうか、目指す世界一への第一歩、デビュー戦のスタートラインに立っても、必要以上に緊張が高まることもなかった。テレビカメラや大観衆。環境は変わっても、カリキュラムだけを追っている室屋にしてみれば、成績を気にしない分、気は楽だった。
しかし、実は予選での2本目、室屋がスタートした直後、パイロンへの空気を送るシステムの故障で、パイロンがしぼんでしまうというトラブルに見舞われた。そのため、室屋のみが、予選2本目を飛ぶことができなくなってしまったのだ。
室屋に同情的な意見は多かった。当然、もう1本飛んでいれば、もっと順位を上げられたかもしれないという意味で、だ。しかし、室屋にしてみれば、そんなことはたいした問題ではなかった。もちろん、この不公平な措置に怒りを感じたが、それはこの1本で試したいことが山ほどあったからだ。カリキュラム上、貴重な1本が奪われたことに、室屋はとにかく腹が立った。
幸いにして、カリキュラムは順調に消化されている。室屋はフライトごとにコーチのジョーンズと反省会を開き、次のフライト前には目標設定を行っている。ジョーンズは「順調に来ているから問題ない」と言ってくれている。「満足だろ?」と聞かれれば、素直にうなずくこともできる。
これまでの進捗状況は、室屋の感覚で「当初の予定の50%増し」。第2戦でやるはずだったことの半分くらいが、第1戦で消化された。とりわけ室屋に手応えを与えたのが、最後のフライト(ワイルドカード)。残された課題をすべてクリアできたばかりか、これまでになく精度の高いフライトが実現できた。パイロットを含め、3人1組でチームが構成されるレッドブル・エアレース。チームコーディネーターと整備士が仕事に慣れ、室屋が余計なことを気にせず、パイロットに専念できることも順調さの要因となっている。
上:ゴールとなるイエローゲートを翔け抜ける。レースのオフィシャルウオッチはブライトリングだ。下:エメラルドグリーンの水面上、シケインを縫って描かれるS字のスモークが映える。
「ここまで予定より早く進んでいますから、基礎的な部分が(2戦目の)サンディエゴで全部終われれば、3戦目から多少タイムを上げていく方向に狙っていきます。そうなったら、スーパー8を目指していかないと。9月のヨーロッパラウンド(第4~6戦)ではポイントを取りにいきますよ」
室屋の言葉が決して強がりなどでないことは、すぐに証明された。
5月10日、アメリカ・サンディエゴで行われた第2戦。室屋は前日の予選こそ13位に終わったものの、ワイルドカードを勝ち上がり、スーパー12へ進出した。
最終成績は11位。ルーキーパイロットは記念すべき初ポイント「1」を獲得したのだ。
Yoshihide Muroya
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで140か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。昨年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、今年からレースに参戦中。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザーに就任。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
Cooperation:Red Bull Japan
Photo:Taro Imahara at Red Bull Photofiles
Text:Masaki ASADA
2009/06/25
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